「え……? まだ写真が出来上がっていないんですか?」写真屋に、ジェニファーの落胆した声が響く。「はい、申し訳ありません」申し訳無さそうに謝罪する店主に、ニコラスが尋ねた。「この間写真を撮影したときには、10日後に出来上がるって言ってましたよね?」「はい、そうです。予定では後2時間もあれば仕上げられるのですが」「2時間……」ジェニファーはその言葉に、焦った。(そんな、後2時間も写真が出来るのに時間がかかるなんて……! ジェニーの具合が悪いから早く帰らないといけないのに……!)本当は今すぐにでもジェニーの元に戻りたかった。酷い咳をしていたジェニーが気がかりでならなかったのだ。だけど、手ぶらで帰るわけにもいかない。何よりもジェニーは体調が悪いにもかかわらず、写真の為に自分を送り出したからだ。(駄目だわ……! 写真を持たないとジェニーのところに戻れない……!)ジェニファーの様子に気付いたのか、 ニコラスが声をかけてきた。「大丈夫、ジェニー。何だか顔色が悪いけど……具合でも悪いの?」「う、ううん。そんなこと無いわ。ただ、写真が出来上がっていないのが……」そこでジェニファーは言葉を切った。店主を責めるようなことを言っては、悪いと感じたからだ。その代わり、お願いすることにした。「あの、出来るだけ急いで写真を下さい。お願いします!」そして必死の思いで頭を下げる。「そんな……貴族のお嬢様が私のような者に頭を下げるとは……分かりました! 出来るだけ急いで現像作業を行います。1時間後にもう一度来て頂けますか?」「1時間後ですね。分かりました、それじゃ行こう。ジェニー」「ええ……」ニコラスに促され、ジェニファーは店を出た。その後ろをシドが黙ってついてくる。「ねぇ、ジェニー。もしかして、今日は急ぎの用事でもあるの?」写真屋を出ると、直ぐにニコラスが尋ねてきた。「急ぎの用事っていうか……じ、実は今日は家で大人しくしているように言われていたのだけど無断で出てきてしまったから……お父様が帰るまでに家に戻りたかったの」必死で言い訳を考えるジェニファー。「それじゃ、ひょっとして今日は無理に家を出てきたってこと?」「……そうなの」嘘をついている罪悪感から、小声でジェニファーは返事をした。「ごめん……ジェニー」「え? どうしてニコラスが謝る
その日から、ジェニファーがニコラスと会うのは1日置きとなった。毎回屋敷の近くまでシドがジェニファーの送り迎えをし、2人が会っている間は邪魔にならないように少し離れたところからシドが見守る。その様な状況が少しの間続いていた。そして、ついに写真が出来上がる日がやってきた――****「ゴホッ! ゴホッ!」その日は朝からジェニーの体調がすぐれなかった。「ジェニー、大丈夫?」ベッドで咳をしているジェニーにジェニファーは心配そうに声をかけた。「え、ええ……大丈夫よ……ゴホッ!ゴホッ!」大丈夫と言いながら、ジェニーの顔色は青い。今日は写真が出来上がる日で、当然ニコラスとも会う約束をしていた。もうそろそろ約束の時間になろうとしている。しかし……。「私、ジェニーが心配だから今日はニコラスと会わないわ」ジェニファーは咳をしているジェニーの背中をさすりながら自分の考えを口にした。(シドが近くまで迎えに来てくれているから、伝えてもらえばいいわね。こんなに具合が悪いジェニーを置いてなんか行けないもの)ジェニファーはそう考えていたのだが、ジェニーが首を振る。「駄目よ……ゴホッゴホッ! 私のことはいいから……今日はゴホッ! ニコラスと会ってきてちょうだい」「だけど、こんな具合が悪い状態のジェニーを1人にさせられないわ」ジェニファーの役目はジェニーの話し相手だけではない。体調が悪くなったときには使用人たちや、伯爵に知らせる役目も担っていた。けれど、ジェニファーが外出中はジェニーは使用人を誰も部屋に入れないようにしていた。何故なら、ジェニファーが不在なのを屋敷の人々に知られるわけにはいかないからだ。「だ、大丈夫よ……それよりも……ゴホッ! 今日は写真が出来上がる日でしょう? 私、どうしてもニコラスの写真が……見たいのゴホッゴホッ!」「ジェニー……」本当はジェニーを置いては行きたくなかった。だけど、ニコラスの写真を強く望んでいる。ジェニファーはその望みを叶えたかった。「分かったわ、ジェニー。ニコラスに会って、写真を取りに行ってくるわね。そしたらすぐに帰って来るから」ジェニファーは帽子を被った。「え、ええ……よろしくね……」ジェニーは弱々しく笑いながら、ベッドの上で手を振った――****「お待たせ、シドッ!」いつもの約束時間より10
「「……」」ジェニファーとシドは互いに無言で町の出口を目指して歩いていた。少しだけ自分の後ろを歩くシド。それがジェニファーにとっては何とも落ち着かなかった。「あ、あのシドさん……」「言っておきますけど、隣を歩くのは遠慮します。俺はあくまで従者ですから。それに、さん付けではなくシドと呼んで下さい」淡々と話すシド。けれど、明らかに自分より年上の少年を呼び捨てするには気が引けた。「でも……」けれどムスッとした様子で後ろをついて歩くシドに、ジェニファーはそれ以上声をかけることが出来なかった。(ニコラスとだったら、楽しくお話できるのに……)早く、シドの見送りから解放されくてジェニファーは足を早めたいが膝の怪我が痛くて早く歩くことも出来ない。そのまま無言で、2人は町を出て丘を目指した――「あの、もうここまででいいから」丘を登りきった先に、大きな屋敷が見えるとジェニファーは足を止めてシドを振り返った。「……あの屋敷がジェニー様のお宅ですか?」無表情でシドが尋ねる。「うん。そうよ」(本当は私の家では無いけれど……住まわせてもらってるのだから嘘は言ってないわよね)ジェニファーは無理に自分にそう言い聞かせる。「分かりました、では明日ここまで迎えに来ます。何時がよろしいですか?」「え? それなら……13時半でもいいかしら?」「13時半ですね? 分かりました。ではまた明日ここまで来ます」シドはそれだけ言うと背中を向け、再びジェニファーを振り返った。「ジェニー様」「な、何?」一体何を言われるのか分からず、緊張しながら返事をした。「足を怪我されているのではありませんか? 帰ったらあまり無理はしない方が良いですよ」「え!? 気付いてたの?」「勿論です。歩き方がぎこちなかったですから。……明日は会うのを控えた方が良いのではありませんか? 俺からニコラス様に伝えておきますよ?」そしてジッと見つめてくる。「……そうね。その方がいいかも」毎日外出していれば、それだけジェニーをひとりぼっちにさせてしまう。それに元々ジェニファーがここに招かれたのは病弱なジェニーの話し相手になるためなのだから。「分かりました。では明後日、迎えに参ります。それではお大事にして下さい」シドはそれだけ告げると駆け足で去って行き、あっという間に見えなくなってしまっ
――16時ようやく2人の写真撮影が終わり、早く写真がみたいジェニファーは店主に尋ねた。「すみません。写真はいつ出来上がりますか?」「そうですねぇ……10日もあれば引き渡しできます」「え!? 写真の出来上がりって10日もかかるんですか!?」予想もしていなかった日数にジェニファーは驚きの声を上げてしまった。「申し訳ございません。これでも以前に比べれば、大分日数が早くなったのですけど……」店主が申し訳無さそうに謝ると、ニコラスがジェニファーに声をかけてきた。「ジェニファー。もしかして写真がどの位で出来上がるか知らなかったの?」「え? ええ……知らなかったわ」「それじゃ、写真を撮ったのは初めてだったの?」「そ、そんなことないわ。前も撮ったことがあるけれど、そのときはあまり写真が気にならなかったからなの」ジェニーが写真を撮ったことがある話を思い出し、必死で言い訳をするジェニファー。「そうだったんだ。でも今は興味を持ったということなんだね?」「それは勿論。ニコラスと一緒に写真を撮ったからよ」「そう言って貰えると嬉しいな。僕も10日後が待ち遠しいよ」ニコラスは笑顔でうなずくと、次に店主に金貨4枚を差し出した。「写真代です、お願いします」「はい、まいどありがとうございます」ニコラスが金貨を払う姿を見て、ジェニファーは驚いた。「待って! ニコラス、写真なら自分で払うわ!」「駄目だよ。 僕が払うよ、ジェニーにプレゼントさせてよ」「私に……? あ、ありがとう……」プレゼントという言葉にジェニファーは嬉しくなり、顔がつい赤くなる。「うん、プレゼントだよ。それじゃ、行こう」ニコラスの言葉にジェニファーは頷くと、3人揃って写真屋を後にした――****「ニコラス、私もう帰らないと」写真屋を出るとすぐにジェニファーはニコラスに声をかけた。「え? 今日もなの?」「ええ、遅くなると心配されてしまうから」「そうなんだ……もう少し一緒にいられると思ったのに、残念だな。でも明日も会えるよね?」「う、うん。勿論会えるわ」「また明日も1人で町に出てくるつもりですか?」するとシドがジェニファーに尋ねてきた。「え? そうだけど……」「1人で出掛けるのは危ないのではありませんか? 現に今日、危険な目に遭いましたよね?」「あ……」その言葉に、
3人は町の写真屋へ向っていた。ジェニファーとニコラスが並んで歩き、その数歩後ろをシドがついて歩いている。(どうしてシドさんは後ろを歩いているのかしら?)不思議に思ったジェニファーは後ろを振り返り、シドに声をかけた。「シドさん、どうして後ろを歩いているの?」すると一瞬、戸惑いの表情を浮かべてシドは答えた。「俺は後ろで良いんですよ。何しろ従者ですから」「そうだよ、専属護衛と言ってもシドは従者だからね。従者って、普通は隣をあるかないだろ?」「そ、そうね。言われてみればそうだったわね」ニコラスに同意を求められて、慌ててジェニファーは返事をした。(いけないわ、今の私はジェニーなのだから。従者がどういうものか知らないと変に思われてしまう)「ところでジェニー。昨日僕がプレゼントしたブレスレットはどうしたの?」「え? あのウサギの形のブレスレットのことよね?」「そうだよ。すごく気に入ってくれていたから……てっきり今日つけてきれくれるかと思ったんだけど……」ニコラスの声は少し寂しそうだった。「あ、あのね。とても気に入ったから無くさないように大切に宝箱にしまってあるのよ」慌てて弁明するジェニファーの脳裏に、嬉しそうにうさぎのブローチを見つめているジェニーの姿が思い浮かぶ。(本当は、私もあのウサギのブローチが欲しかった……だって、私が気にいった物だったし、ニコラスからのプレゼントだったのだから)ジェニファーの暗い気持ちとは裏腹に、ニコラスは笑顔になった。「そうなんだ、気に入ってくれたんだね? それなら良かった。だったらいずれまたブローチをつけた姿を見せてくれたら嬉しいな」「そうね。いつかまたね」返事をしたものの、ジェニーにブローチを借りたいとは言い出せそうに無かった。(同じブローチが売ってれば自分で買ってニコラスの前でつけてみせるのに……)「……」そんな2人の会話を、後ろをついて歩くシドは黙って見守っていた――**** 3人は町で唯一の写真屋に来ていた。「え!? ジェニーは一緒に写真を撮らないの!?」写真屋にニコラスの声が響き渡る。「ええ、私は撮らないわ。ニコラスだけ撮って貰ってくれる?」「どうして! 2人で一緒に写真を撮るために来たんじゃなかったの? 僕だけ撮るなんて変だよ!」ニコラスの言うことは尤もだった。「何故、ニ
ジェニファーが振り向くと、見知らぬ2人の青年が見下ろしていた。「へぇ〜……着てる服が上等だから声をかけてみれば、こんなに可愛らしい顔をしていたとはな」「これは、結構な上玉なんじゃないか?」青年たちはジェニファーを無視して会話をしている。「あ、あの……?」すると最初に声をかけてきた青年が尋ねてきた。「お嬢さんは1人なのか? 誰か連れの人はいないのかい?」「は、はい。そうですけど……」なんとなくイヤな予感を抱きながらジェニファーは返事をする。「そうか、1人なんだな? だったらお兄さんたちが遊んでやろう。何か美味しいものでも買ってあげるよ」青年がジェニファーの腕を引っ張って立たせた。「い、いや! 離して! 私、待ち合わせしてるんです!」恐怖を感じたジェニファーが大きな声を上げた次の瞬間――「何やってるんだ!! やめろ!!」突然背後で大きな声が聞こえた。「何だ!?」「何っ!?」青年達は驚きの声をあげて、振り返るとそこには息を切らして睨みつけているニコラスの姿があった。その後ろにはニコラスよりも少し年上と思しき栗毛色の髪の少年もいる。「何だ? まだ子供じゃないか?」「俺達は忙しいんだ、さっさと失せな」「ニコラスッ!!」捕らえられたジェニファーが涙目で叫んだ。「ジェニーッ!!」ニコラスが青年たちに捕らえられたジェニファーを見て顔色を変える。「ニコラスッ!! 助けて!」ジェニファーは必死でニコラスに助けを求めて手を伸ばした。「シドッ!!」「はい!」シドと呼ばれた少年は頷くと、青年たちに突進していく。よく見ると、腰には剣が差してある。「何だ? ガキのくせに!」「俺達とやる気か?」青年たちはジェニファーを突き飛ばすと、腰に差していた短剣を引き抜いた。「キャアッ!」「ジェニーッ!!」地面に倒れそうになる寸前に駆けつけてきたニコラスがジェニファーを抱きとめた。「大丈夫? ジェニー」「え、ええ……ありがとう」一方青年たちはシドと呼ばれる少年相手に苦戦していた。ガキッ!キィインッ!!「く、くそ! 何だコイツ!」「ガキのくせに!」焦る青年たちを相手に少年は無言で剣を奮って、追い詰めていた。「ね、ねぇ……あの人、大丈夫なの……?」ジェニファーは震えながら大人たち相手に戦っている少年を見つめる。「大丈夫